2章 東洋医学・気の医学
病気の原因は「気毒」「血毒」「水毒」の3つにあるというのが古典にある「気血水説」です。気は気力あるいは精神的な働きを表します。血は文字通り血行を意味し、血液循環が悪くなれば細胞の働きが低下し免疫力抵抗力も落ちることになります。水は水分代謝やリンパの循環のことを指します。 この3つが正常に働いてバランスの取れた状態が健康であり、その異常が病気であると考えます。
私は長年の研究の結果、「気」をすべてのものの根源であると考えるに至りました。それは単に気力や気分を意味するだけでなく、もっとベーシックな「生命エネルギー」を表すという見方です。今から150億年以上前に、ビッグバンにより無限とも言える膨大なエネルギーが宇宙を創造し、星達を作りだしました。さらに46億年前に地球が誕生し、その自然エネルギーが生命エネルギーとして単細胞微生物を生み出し、ついには500万年前に私達人間を誕生させたという考え方です。要するに人間も自然も本来異なる存在ではなく、一体であるという東洋哲学に基づく理念です。
気・生命エネルギーは物質化して、たった1個の細胞から50兆個以上の細胞を有す人体を作り上げました。さらに1000億個の脳細胞を働かせて高度な精神作用を発揮し、地球上に偉大な文明文化を花開かせました。 生物学的に見ればそれほど飛びぬけて優れた体の持ち主でもない人間が、サルの遺伝子とわずか数パーセントしか違わない人間が、なぜ万物の霊長といわれるまでになったのでしょうか。それを解くカギは「気・生命エネルギー」にあると私は考えています。
自然界の他の動物達は与えられた環境で与えられたエネルギーで自然に一生を終えます。しかし人間はもっと豊かにもっと便利にもっと強くなりたいと願い努力と工夫を重ねてきました。これは自己の持つ「気/生命エネルギー」を何倍も増やすことによって可能になりました。人間だけが気生命エネルギーを大きくすることができたのです。
「気/生命エネルギー」が十分に備えてあれば、たとえ病気になったとしても抵抗力や自然治癒力が働いて健康を回復することができます。また意識しなくても自然に免疫力が外敵から身を守ってくれます。ところが気がいつの間にか不足して0になったり、あるいはマイナスになると病気になります。これは内臓や血管の病気だけでなく、精神の病気についても同じことが言えます。いくら薬を使っても良くならないのは、この「気/
生命エネルギー」が不足していて、治す力にまで回ってこないからです。「気」というコンセプト(概念)が欠けてしまうといくら治そうと努力しても、良い結果が得られません。
「気」は電気エネルギーと考えることができます。私たちの体は14本の生命エネルギーの通路があり、そこを気が循環して生命活動を支えています。それはちょうど家中を電気コードが配線されいて、そこを電気エネルギーが流れて、部屋の照明や冷暖房や機械を動かしているのと同じことです。健康の条件は十分な電力が蓄えられていることと、それが全身にスムーズに供給されていることです。自分の守りの手薄なところは、どうしても気が不足しがちになりその結果病気が出やすくなります。
事実私たちは食物を分解してエネルギーに変えて動力源にしていますし、神経の伝達は電気信号に変えて行われます。エネルギーは細胞の中にあるミトコンドリアという微小器官で生産されています。肝臓はグリコーゲンとしてそのエネルギーの源を蓄えておきますから、バッテリーと考えることもできます。
私たちの体にはケータイ電話のように充電式バッテリーが備えられていて、その蓄えた生命エネルギーを使って、考えたり行動したり生命を維持しています。人間のバッテリーは太陽エネルギーの核融合反応と同様に、使えば使うほどその容量を大きくすることができます。逆に使わなければ少なくなってしまいます。ですから私たちは働かないで楽しようとばかり考えていると、いつの間にか発電量が低下し、バッテリーも小さくなってしまうのです。いくつになっても適度に働いていた方が健康によいのです。80才、90才になっても現役で働いている人の方が、かえって健康で元気で幸せな人が多いものです。
私たちはアタマも体もそれを使うことばかりに気をとられて、もっと多くのエネルギーを生み出す方法、効率のよい使い方、省エネルギーについては意外と考えていません。私たちの体が気・生命エネルギーの集合体であると考えるならば、「気のメンテナンス」ということをもっと深く知る必要があります。気を増やせば今の何倍も健康に明るく豊かに幸福に過ごすことが出来るはずです。東洋医学は気をいかに増やすか、そのロスをいかに減らすかを研究する実践医学なのです。
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