47章 苦労は若いうちに
人間として生まれてきた以上、苦労のない人生は考えられません。どんな人でも大小こそあれ何かしら苦労を持っています。お金の苦労、対人関係の苦労、仕事の苦労、病気の苦労、嫁姑の苦労、介護の苦労、勉強の苦労など必ず何かしらあるものです。ただそれを言うか、誰にも言わないでじっと心に収めておくかの違いだけです。
あなたなら若いうちに苦労した方がいいですか、それとも初めは楽で面白おかしいくて年老いてから苦労を味わう方がいいですか。私はそのどちらのケースも知っています。財産家の一人娘で生まれ、両親にかわいがられて何不自由なく自分の思うままに好きなように人生を送ってきた女性がいます。ところが年老いてからは体がいうことをきかなくなり、毎日あっちが痛いこっちが痛いと辛い思いで過ごし、最後は一りぽっちで淋しくこの世を去りました。もう一人は生活に追われ自分の好きなことなど何一つ出来ず、家族のために尽くしぬいて老後を迎えました。しかし子供が母親の苦労をよく知っていたために、老後はやさしい子や孫達に囲まれて幸せに穏やかに過ごすことが出来ました。最後は皆に「ありがとう、いい人生だったよ。」といって感謝の気持に満たされて大往生をとげました。
私達はともすると苦しみからの逃れることばかりを考えて、つい安易な道を進んでしまう傾向があります。しかしアリとキリギリスの童話にもあるように、若いうちにらくを覚えてしまうと、体力がなくなる人生の後半戦がきつくなります。若いうちなら越えられた坂が、年老いて体力が落ちてくると越えられなくなってしまうのです。
今はデジタルの全盛時代ですから、人生の一部を瞬間でしか捉えられなくなっています。しかし東洋医学は常に体全体を把握する医学ですから、今苦しくてもトータルで後になって良くなればよい、と考えます。「終わりよければ全て良し。」です。
苦労とは言い換えれば、経験を積むこと、新しい知識を得ること、今までにない思考能力を高めることに他なりません。自分の未だ開発されていない未知の能力を、悩みながら苦しみながら掘り出すことをいうのです。苦労とは自分の魂の奥深くに秘められた宝の山を掘り出す宝探しゲームと考えましょう。
自分の将来がどこどこまでも伸びてゆくことを「楽」しみにしながら、時には体を思いやり「楽」にしてあげながら、人生を明るく「楽」しく過ごしましょう。「楽しみながら、楽に、楽しく生きる」このような生き方を三楽主義といいます。
次章へ
TOPに戻る